青年海外協力隊の平成22年度第4次隊員として、2011年3月から2013年3月までアフリカのガーナに派遣されています。ガーナの真ん中ら辺にあるのどかな田舎の高校で、コンピュータの授業を担当しています。


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カテゴリ:ガーナ1303( 5 )

ガーナその728 同期隊員帰国のおはなし

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私たち平成22年度第4次ガーナ隊の6名が初めて顔を揃えたのは、

2011年1月6日、福島県にある青年海外協力隊・二本松訓練所でした。


冬の東北の山奥ということで、そこはまさに極寒の陸の孤島。
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というわけで室内に篭りがちになっていたからでしょうか、

あんまり訓練所時代でガーナ隊全員が揃ってる写真って無いんですよね・・・。
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ちなみに私と有江隊員がおんなじ生活班でした。
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で、私と田代隊員がおんなじ英語のHomeクラス。
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小林隊員と安河内隊員もおんなじHomeクラス。
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職種がおんなじなので、当然ながら私と小林隊員のTechnicalクラスも一緒。
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あと重岡隊員は・・・こんなコトばかりしてたのかな。
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いちおう、生活班の班長とかしっかり務めてたみたいですけど。



そして、無事に60日あまりの訓練を終えた我々6名。
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その訓練所を退所することになった最終日、

すなわち2011年3月11日、我々はあの地震に見舞われました。


有江隊員と重岡隊員は東京へ向かう新幹線の車内で、

私と安河内隊員は郡山駅の構内で、

小林隊員は二本松駅から郡山駅へ向かう在来線の車内で、

田代隊員は九州へ帰る飛行機を待つ福島空港の中で、

それぞれ被災しました。


その当時の貴重な写真を一枚。
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在来線で被災した小林隊員他が避難した、近くの公民館だそうです。


この後、私・安河内・小林の3名は二本松訓練所へと逆戻り。

そして、私たちを含め訓練所へと戻った他の80名あまりの隊員の陣頭指揮を執ったのが、

何を隠そう安河内隊員でした。


だから、あの地震で大混乱の中、私が無事もなく東京へ、そして実家のある岐阜へと帰れたのは、

このとき安河内隊員が先頭に立って引っ張っていってくれたおかげだと、

お世辞抜きでホントにそう思ってます。



さて、そんなこんなで2011年3月28日。

無事に6名全員揃っての日本出国となりました。
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ラウンジでしばしの別れとなる日本食をお腹いっぱい堪能し、
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いざ飛行機に乗って、
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中継地のフランクフルトに着き、
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ちょいとばかしドイツ観光にも繰り出し、
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あまーいジャーマンスイーツでお腹を満たしてから、
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いよいよ、目的地ガーナへと旅立ったのでありました。
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ガーナに到着したのが、3月29日の夜7時過ぎ。
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こうしてついに、我々の青年海外協力隊生活inガーナの火蓋が切って落とされたわけです。


はじめてのホテル。
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はじめてのレストランとガーナ食。
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はじめての病院と予防接種。
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はじめてのアクラ市内観光。
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はじめてのスポットとガーナビール。
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はじめてのスーパーマーケット。
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はじめてのドミトリー。
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はじめてのみんなで料理。
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そして、はじめての長距離移動。
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この頃は見るもの触れるもの全てが新鮮で、

箸が転がっただけで大笑いできるほど楽しい毎日でした。


・・・と同時に、少しだけ怖かったりもしてね。



2週間のホームステイを終え、そのプレゼンテーション、
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お墓参り、
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焼肉で打ち上げinテマなど、
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なんやかんやありまして、みんなそれぞれ任地へと赴任してゆきました。



その年の8月のこと。

はじめての同期旅行は、いざアッパーウエスト州へと大冒険。
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この旅のいちばんの想い出は、なんといっても自転車での大移動。
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野を越え、
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山を越え、
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川を越え、
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時にはアクシデントにも見舞われ、
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ようやくたどり着いたキノコ岩。
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とにかくもう、ガーナ史上最高に喉がカラカラになった瞬間でした。
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でも、その帰り道で見た夕焼けは、格別キレイだったのを今でもよく覚えています。
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さて、その後。


各々の任地での活動が軌道に乗ってきたということもあり、

同期全員が一同に揃うということはほとんどありませんでした。


たまーに休みが合う隊員同士で小旅行に出かけたり、
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同期の任地にふと遊びに行ったり、
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総会の後夜祭で顔を合わせたりする程度でした。
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しかも、せっかく久しぶりに顔を揃えた一年報告会では、

誰も言い出さなかったせいか集合写真を撮るようなこともなく、記録としては全く残っておらず・・・。



というわけで、我々22年度4次隊としての想い出は、

一気に今年の3月へと飛ぶことになります。


帰国報告会があり、
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毎回恒例の「The last banku in their life」があり、
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ドミでのお見送りがあり、
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そして2013年3月25日、コトカ国際空港にて本当に最後の最後のお別れ。
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・・・あ、我々の2年間、あっという間に終わっちゃった。

いやホント、あっさり行っちゃいましたね。


なぜだろう、まだ全く実感ないんですけど。

もう、この国にはみんな居ないはずなのに・・・。


もちっと時間が経てば、もっと寂しさとかこみ上げてくんのかな。

そして誰もいなくなったドミの片隅で、さめざめと泣いてたりすんのかな。



まあ、それはともかく。

私が22年度第4次ガーナ隊の皆さんに言いたいことは、ただ2つ。



ガーナでの2年間の活動、お疲れさまでした。


そしてその2年間、私は皆さんと一緒にガーナにいられて、本当にホントに幸せでした。



さよならなんて言いません。

だって、また会えるんですもんね。


チュイ語では、別れのときに「ɔkyena(オチェナ)」とよく言います。

英語でいえば「tomorrow」、すなわち「また明日」という意味です。


だから、私からの最後の言葉はコレ。


ɔkyena!



そして、


Obiara, me da wo ase papapa!(みんな、どうもありがとう!)
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by ito_akihiro | 2013-03-25 23:59 | ガーナ1303

ガーナその719 GBC日本代表のおはなし

今週、丸一日停電という日が実に2日間。

うち、1日は水道も完全ストップ。


そんな途上国の洗礼を、

頭の先からつま先までずぶ濡れになって浴びまくっている今日この頃なわけなんですが、

基本おぼっちゃまくんの私はそんな地獄に耐えられず、

昨日、任地から首都Accraまで逃げ帰ってきてしまったぶぁい。


その道中のこと。

突然、乗っていたトロトロが警官隊に囲まれたんですね。


そしてなぜか男性の乗客だけが降ろされ、ボディチェックが始まったんですよ。

よくよく考えたら、人生で初めてのボディチェックだった気がしますね。


屈強な黒人ポリス達に囲まれてのボディチェック、

はたから見たら、さながらハリウッド映画のように映ったのかな・・・。
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(※写真はイメージです)



そしてそのわずか30分後、またしても警察の検問に引っかかりまして。

今度は全員下車して、個々のカバンの中を隅から隅まで漁られることに。


あー、めんどくさい・・・って思った反面、

何か怪しいモノが引っかかるんじゃないかと、内心かなりドキドキ。


携帯用ウオシュレットとか英語でどうやって説明しようかな・・・

などと考えているうちに特に何事もなく解放され、悩みは杞憂に終わりましたとさ。


たぶんコレ、バスジャック対策というか強盗対策というか、

テロ的なサムシングに備えての、おまわりさんの努力のたまものなんでしょうね。

そういえば、座席の下とかも入念にチェックしてましたもん。


あー、怖いなぁ・・・。

周りになーんにもないド田舎道で襲われたりしたらどうしようもないもんなぁ・・・。





さて、そんなリスクを冒してまで長距離移動したのにはもうひとつ理由があり、

このたび「日本vsガーナ」の野球大会が首都Accraで行われるということで、

松坂世代の元・野球少年のドラゴンズファンの私としては是が非でも参加せねば、

ということで上アするに至ったわけです。


“ガーナ”と“野球”と聞くと、一見なんのつながりも無さそうに感じるかもしれませんが、

その関係は意外にも深く、かつて日本のテレビ番組でも紹介されたことがあるそうです。


詳しくはこちら「アフリカ野球友の会」をご参照ください。

あとウィキペディアに「野球ガーナ代表」なんて項目もあるんですね。

うーん、ちょっと広島カープに興味が沸いてきたぞ。



閑話休題。

本日の相手は「ガーナ大学生選抜チーム」ということで、

場所もガーナ大学の一角を借りて執り行われました。
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しかも応援用の“ひな壇”がついてたり、
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絶世の美人マネージャーが黄色い声援を送ってくれたりと、
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まさに至れり尽せりのおもてなし環境でのプレイとなりました。


そんなこんなで、

GBC(Ghana Baseball Classic)日本代表
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vs


ガーナ代表
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の、世紀の一戦の火蓋が切って落とされたわけです。
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ちなみに今回は選手層も相当厚く、私もスターティングメンバーから外れてベンチスタート。

その代わりにスコアラーとして、GBC日本代表の一挙手一投足をつぶさに記録することに。
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そして試合は、我らがGBC打線が爆発に爆発。


瞬足・A里隊員が塁に出ればその足でダイヤモンドを縦横無尽に駆け巡り、
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職人・O林隊員もきっちり続き、
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A木隊員が楽々と走者一掃。
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K脇隊員の幻のホームランは残念ながら三塁打と判定されてしまいましたが、
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いぶし銀のベテラン・F根隊員がしぶとく繋いで、
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主砲・Y藤隊員がドカンと一発。
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その結果、最終的なスコアはこうなりました。

┌─┬─┬─┬─┬─┬─┬─┐
│ │1│2│3│4│5│計│
├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤
│日│2│10│1│13│11│37│
├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤
│ガ│2│1│1│2│2│8│
└─┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘

たぶん等幅フォントならキレイに見れる・・・はず。


というわけで、GBC日本代表vsガーナ代表の一戦は、

1イニング2ケタ得点を3度も記録した日本代表の圧勝という形で幕を閉じました。



ちなみに私も、最後の最後にちょっとだけ出してもらいましたよ。

打って、
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塁出て、
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守って・・・あ、写真ない。


ちょっと、まいちゃーん。

せっかくのおいらの勇姿が・・・。


ま、いっか。

一回も球飛んでこなかったしね。



というわけで、今回もガーナと日本の交流に一役買えたかな?と思います。

やっぱ、白球を追いかけて汗を流すってのは、いつでもどこでもキモチ良いもんですね!
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次回の代表戦も、ガーナ隊員皆さまのご参加を心よりお待ち申し上げます。
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by ito_akihiro | 2013-03-16 23:59 | ガーナ1303

ガーナその714 3.11のおはなし

配属先の校内にあるマンゴーツリーも、随分とたわわに実を結び始めてきました。
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この時期、毎度のことながら発生する大問題が、

食べ頃になるのを今か今かと待ち望む先生方と、

多少青くてもいいから取られる前に取っちゃおうというちびっこギャング達との、仁義なき抗争。


そんな、大の大人がさあ、たかだかマンゴーひとつでマジ切れしなくてもいいやん・・・

なんて内戦が、日々校内のあちこちで繰り広げられています。


どうでもいいですが、「たわわ」って日本語、なんか好きです。





さて、今日は3月11日。

日本人なら、絶対に忘れられることの出来ない日にちですね。


2年前の今日、私は福島県にいました。

あの地震が起きた、まさにその場所です。


必死に放射能の脅威から避難し、
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大切な仲間たちと身を寄せ合い、
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目の前に広がる地震の爪痕に恐怖を覚え、
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そしてそこから命からがら逃げ延びて、

現在ここに至る、と。


3月11日は、そんな大震災で犠牲となった人々に、祈りを捧げる日です。

そしてガーナのお葬式では、「黒」と「赤」を身にまとうのが一般的です。


というわけで、私も今日は黒っぽいガーナシャツに、赤いインナーをコーディネートしてみました。
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いつもの格好とちょっと違うということで、

同僚の先生も気にしたのでしょうか、珍しく声をかけてきました。


「イトー、なんで今日はそんな黒い服着てるんだ?」

「今日は2年前に日本でディザスターがあった日だからね」

「Aha~n」


・・・おそらく、この国では“地震”という概念自体、

あまり浸透していないのでしょう。


でも、たまに私が日本人であるということを知ると、

会話のなかに「Fukusima」とか「Tsunami」とか出てくるガーナ人もいるんですけどね。




そしてここ最近、再び生命の危険を感じるくらい私の生活を脅かしているのが、

「停電」ですよ。


もうね、先月から日没後に電気が来てたのって、片手で足りるくらい。

この日も、前日の夕方から翌日の夜中にかけて、実に30時間以上もノー電気。


これって、いまだ多数の避難所生活が続いているニッポンの皆様に向けた、

ガーナなりの“哀悼の意”なのでしょうか・・・。


いや、そんな冗談いいから、一刻も早く安定した電気の供給を・・・。

赤道直下の途上国での停電って、マジで命にかかわるんですって・・・。




おまけ:ガーナの青空教室
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東日本大震災によりかけがえのない命を失われた多くの人々とその遺族に対して、

改めて心よりお見舞いを申し上げます。
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by ito_akihiro | 2013-03-11 23:59 | ガーナ1303

ガーナその709 独立記念日のおはなし

本日2013年3月6日水曜日、

ここガーナは56回目の独立記念日ということで、国民の祝日となっとります。


で、実は今日、Brong-Ahafo州の州都・Sunyaniでファンラン(市民マラソン)があり、

これに誰にも内緒でこっそりエントリーしてこっそり走る予定だったのですが、
(結果がアレだったら恥ずかしいから、あくまでこっそり、ね)

なぜか何度催促してもマラソン事務局からも予約したホテルからも全く連絡が来ず。


ああもう、こういうガーナの肝心な時に限ってテキトーな所、

今さらながら好きになれんし許せんわぁ・・・。


あーあ、なんで任期延長しちゃったんだろ。




さて、独立記念日といえば、例によって記念式典があちらこちらで開催されることになってます。

そのイベントの中心が、“マーチング”と呼ばれる、いわゆる学生による「鼓笛隊の行進」ですね。


ウチの街もご多分に漏れず、

我が物顔で公道を独占するもんだから、トロトロやタクシーの運転手がブチ切れる街中とか、
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全く遮るもののない炎天下のせいで、担架で運ばれる生徒が続出した小学校の校庭とか、
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街中のあっちこっちで、子供たちが“やらされてる感”プンプンで闊歩していました。



おや、そういばウチの高校の生徒たちがどこにも見当たりませんね。

この日のために授業そっちのけで練習してたはずなのに・・・。


現場で見かけた同僚の先生に尋ねてみると、

「KumasiのPalaceでやってんじゃない?」

との返答。


じゃ、せっかく祝日で学校も休みなんだし、

街も停電してるし、我が家の水も出ないし、ヒマつぶしに行ってみよっかな。


ということで訪れたのが、KumasiのPalaceといえばココ、

国立博物館にもなっている「Manhyia Palace(マンシア・パレス)」ですよ。
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が、中に入ってみると、完全にもぬけの殻。
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いやー、入口で嫌な予感はしたんだけどなぁ・・・。


おそらく、ここじゃなくて別のPalaceだったんでしょうね。

でも、KumasiのPalaceといえばここしか知らないし・・・。


ま、ここにいてもしょうがないし、帰るか。


というわけで、残りの半日は、電気の無いまるでサウナのような部屋の中で、

顎の先から流れ落ちる汗で床に水たまりを作りながら、ひたすら暑さに耐えたのでありました。


そんなおいらの、インデペンデンス・デイでしたとさ。




おまけ:

Kumasi界隈隊員ご用達の待ち合わせスポット「ROPPONGI」
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なぜに六本木?
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by ito_akihiro | 2013-03-06 23:59 | ガーナ1303

ガーナその708 任期延長のおはなし

「K子と一分一秒でも長く一緒に居られますように」


そう夜な夜な、神様に、

いや、オニャンコポン様がいるであろうメッカの方向に向かい、

私は祈りを捧げ続けてきました。


そんなある日の夕食時のこと、

突然、目の前にある7個のバンクーが光り始めたのです。


そういえば、なぜかそのバンクーには、

1個から7個の星の形をしたマークが入っていたような気がします。


次の瞬間、辺りは暗闇に包まれ、

いや、元々ライトオフで真っ暗だったのですが、

夜空にひと筋の大きな龍さんが現れました。


そう、あれは確かにKumasiのAtonsu方面でした。


なぜか白目剥き出しで、木の枝みたいな角の生えたその龍は、


「さあ、願いを言え。どんな願いもひとつだけかなえてやろう」


と、初対面にも関わらず上から目線で話しかけてくるではありませんか。


そしたら我が願いはひとつしかありませんよね。

ギャルのパンティーを所望したいところをグッと堪え、


「ピッコロ大魔王に殺された人達を生き返らせてください。

 あとついでにK子と一分一秒でも長く一緒に居たいです。」


そう願うと龍さんはすっと消え、7個のバンクーは石のように固くなりました。

きっと時間が経ったからでしょう。


とりあえず4個の星が入った石だけ持って帰ることにしました。

なんとなく、じいちゃんのドラ・・・バンクーだと思ったからです。

たぶん1年ぐらい経てば元に戻ると思います。





翌朝。

それはちょうど1月の最終日のことでした。


いつものように職場で退屈を持て余していると、

重役出勤してきたカウンターパートから、藪から棒に


CP「イトー、任期延長しないか?」


との、寝耳にピュアウォーター発言。


これは、昨日の出来事が決して夢ではない、

昨日まで毎夜毎夜オニャンコポン様に祈り続けてきた願いがついに叶った、

そう私は直感的に悟りました。


私「(もう帰国手続きも随分進んでるから)とりあえずJICAに確認してみるよ」


既に帰国便も決まってるし、帰国関連経費も貰っちゃってるし、

まあ、十中八九無理だろうなぁ・・・と思ったら、

事務所からの返答は、意外にもYesでした。


私「なんか、OKらしいよ」

CP「そうか、じゃあ(延長期間は)1年か2年、どっちにする?」


・・・どうやら彼らは後任が来るまで私を引き止めていたいようです。


冗談じゃありません。

ただでさえこの2年間で染まりたくもない赤黄緑のガーナ色に染まりつつあるのに、

さらに1年も2年もいたら、ちょっとやそっとじゃ落ちなくなっちゃいますよ。


そもそもあと半年経ったら、あの娘は帰っちゃうわけですしね。


私「は?1年なんて無理だし」

CP「なぜだ?」

私「なぜって?」

CP「なぜだ?」

私「なぜって?」


一時間後・・・


CP「なぜだ?」

私「なぜって?」

CP「なぜだ?」

私「とにかく1年なんて絶対ヤダから。早く帰りたいし。半年でいいじゃん、半年で。あ、半年後だと9月末か。8月と9月はもう学期休みに入ってるから、ここに居ても意味ないよね。じゃあ、7月末までの4ヶ月延期ってことで。はい、これで決定決定っと」


・・・というわけで、配属先には半ば強引に4ヶ月間の延長ということで同意してもらったわけです。


私「なんか、4ヶ月延長ってことで円満に合意してもらいましたよ」

事務所「そうですか。で、伊藤さんは任期を延長するってことでいいんですね?」

私「(あ、そういえば何となしに延長する前提で話が進んでたなぁ・・・。ていうか、ここまで来て「やっぱ辞めます」なんて絶対に言えないし・・・)はぁ、まぁ・・・」

事務所「分かりました。じゃ、延長で」


とまあ、こんな感じでゆるーく任期の延長が決まりました。



その後、事務所との協議の結果、7月いっぱいまで活動した後、

なんやかんやで引き上げ期間+帰国プログラムが組み込まれ、

あれやこれやで8月の中旬にガーナを経つことになったというわけです。



22-4同期の皆様。

ひと皮もふた皮も剥けた伊藤に再会できる日は、今しばらくお待ちください。

そして日本に帰ったら、あれやこれやの救援物資をガーナに送ってくださると非常に助かります。


あと、機会があったら是非ガーナにも遊びに来てね!

フランクフルトからたったの7時間で来れちゃうよ!



先輩隊員の皆様。

過去に任期延長したガーナOVは数いれど、

2年5ヶ月もガーナから一歩も出ない(出る予定のない)隊員は私ぐらいではないでしょうか。


その私の覚悟、迷い、決断、そして後悔がどれだけでっかいモノなのか、

おそらく皆様が一番良くご存知なのではないでしょうか。


というわけで同情するなら救援物資を(ry



後輩隊員の皆様。

これからもこんな西アフリカの辺鄙な国で、もう少しお付き合いください。

そして今後とも仲良くやっていきましょう。


あ、どっかの隊次旅行に紛れてモレに連れてってください。



というわけで関係者の皆様方、もうしばらくの間、どうぞよろしくお願いいたします。




正直、任期延長するにあたって、めっちゃんこ不安が山積みです。


大きな事でいえば、5月にガーナでまさかの3度目の誕生日を迎えるわけですから、

帰国後の再就職の困難さに自らハードルを上げたカタチになったこと、とか。


小さな事でいえば、8月の真ん中に帰るとなると、

ちょうどお盆の帰省ラッシュ&夏休みの海外旅行ラッシュに巻き込まれて、

成田空港がカオスになってんだろうなぁ・・・とか。


まあでも、カオスといえばあのKejetiaで鍛えに鍛えられてますからね。

アレに比べれば屁でもないっしょ。




いや、でもマジメな話、

あ、もちろんこれまで出てきたのも全て大マジな話なんですけども・・・。


去年の末ぐらいから、日本での再出発のために、

ぼちぼち転職サイトに登録したりして転職活動を始めたわけじゃないですか。


でもね、年齢フィルターなのか学歴フィルターなのか、

履歴書送っただけで即お祈り、なんてのが一時期続いてヘコんだりもしたわけですよ。


だけどさ、ここではそんな私ですら必要としてくれるじゃん。


派遣期間延長願に書いた延長の理由は、ざっくり言うと、

今やってる私の仕事を、配属先の担当者に引き継ぐため。


自分は、今まで紙ベースでやってきた業務を、どんどん電子化してるんですね。

生徒の名簿とか、生徒会選挙の電子投票システムとか、

レポート(通知表のようなもの)のイントラネット配信とか、その他にも細々したものを色々と。


これ、たぶん私が居なくなったら、みんな元に戻っちゃうと思うもん。

せっかくさ、ここまで自分がコツコツ積み上げてきたものが、私が抜けるせいで振り出しに戻っちゃったら、

なんかモッタイないというか、不本意じゃないですか。


だから。

うん、だから、かな。


まあでも、きっちり最初に計画を立てて、ここ(引き継ぎ)までを2年間できっちり終わらすってのが、

協力隊員の本来あるべき姿なんでしょうけどね・・・。



しかも「俺がやり方教えるからさ」って配属先のC/Pとかに言うと、

「今みんな忙しいんだよな・・・」って返ってくるんですよね・・・。


まず、その意識そのものを変えさせるのが先決かなぁ・・・とか、現時点では思ってます。

ま、幸か不幸か、時間だけはたっぷり出来ましたからね。



その他にも延長を決意した理由は色々あって、決してひとつじゃないんですけどね。


例えば、この2年間、健康上の理由で何度か長期休養を挟みましたが、

それを全部足すと4ヶ月分ぐらいになるはずだから、それを埋め合わせるため、とか。


ガーナ10州制覇まであと1州(アッパーイースト州)まで迫ってるから、とか。

あとモレとかアコソンボとか、でっかい観光地にも関わらず意外にもまだ行ってないから、とか。


いちばん大きな理由?

そりゃあ、いちばん言いたいコトは、今日のブログのいちばん上に書いてますって!




実は今回の秋募集でも(要請は出ているんですが)合格者が居なかったということで、

後任が来るのは早くて25年度4次隊、すなわち丸一年後ということになります。

それでもダメなら半年後、それでもダメならさらに半年後・・・。


で、C/Pと最近ほとんど毎日繰り返してるのが、こんな会話。


「イトー、後任は来るのか?」

「来ないよ」

「なぜだ?」

「Applicantが居ないからでしょ」

「なぜだ?」

「(このブログのせいかなぁ・・・)さあ?」

「じゃあ、お前が見つけてこいよ」

「はぁ?無理だし」


翌朝、「イトー、後任は見つかったか?」

そして最初の会話に戻る。


もー、嫌だ。

そんなの、絶対おいらの仕事じゃない!


とりあえず、次の学期終わりまでは居ることが確定しましたから、

それまでにやれるだけの事はやりますから!


ええもう、やり切りますから!

延長するのは確定しちゃったんですから!

賽は投げられちゃったんですから!




果たして、今回任期の延長を決意したことは、本当に良かったのでしょうか。


とりあえず、現時点で良かったと思うことは・・・
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「有効期限の切れた公用旅券」というレアアイテムを手にできたことぐらいでしょうか。
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by ito_akihiro | 2013-03-05 23:59 | ガーナ1303